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ストーカー事件

ストーカー事件

ストーカー殺人事件。

ストーカーという言葉が使われ始めてから、他の殺人事件とは異質の事件として現代の殺人事件とのイメージがありますが、ストーカー殺人事件は昔から発生していた殺人事件なのです。
昭和6年

埼玉県の路上にて、男(20)が下校中の女子高生(14)を日本刀で首を切って殺害。想いを寄せていたが相手にされないことを逆恨みしての犯行。

 

昭和19年
神奈川県の友人宅で(18)男子学生が友人男子学生(14)を殺害して、友人の祖父も祖母も殺害し母親に重傷を負わせ放火。同性愛の末、離れて祖父母と住みだした友人との遠距離恋愛に悩み殺害を決行した。

 

昭和32年

東京都の浅草国際劇場で美空ひばり(19)が、客席から上がってきた女に塩酸をかけられやけど。「ひばりちゃんに夢中。あの美しい顔を憎らしいほどの醜い顔にしてみたい」と書かれたメモが発見された。

 

昭和42年
埼玉県の食品店で、工員(17)が顔なじみの男(29)を刺殺。また、鉄棒で男の妻と女子工員を殴りつけ怪我を負わせた。園まりのファンの男はほかのファンに負けないようにと殺害を計画して度胸をつける練習のために犯行に及んだという。

 

常軌逸した計画
凶器に拳銃が使われたことで衝撃が広がった群馬県館林市のストーカー殺人事件。被害女性の実家と、女性を殺害したとされる元交際相手の男の自宅が栃木県内にあったため取材を始めたが、事件後に自殺した「ストーカー男」の行動は、常軌を逸していた。

象徴的なのは、事件が起きる直前の1月下旬と2月上旬、被害女性の家族の車から覚醒剤が見つかったことだ。被害女性は、男との接触を避けるために群馬県大泉町に転居、住民票の閲覧制限を申請していた。男は「会いたい」としつこく迫り、金銭を要求するなどトラブルが続いていたという。

男の指示で覚醒剤を置いたなどとして、覚せい剤取締法違反容疑などで群馬県警に逮捕された男の知人の公判では、覚醒剤を持っていたとして家族が逮捕されれば、面会に来た被害女性を追跡して転居先を割り出せると男が計画していたことが明らかになった。

実際には、もくろみは外れ、家族は逮捕されなかった。男は執念深く、さらなる手段に出る。家族の車に衛星利用測位システム(GPS)機能付き発信機を取り付け、女性の転居先を特定しようとしたのだ。